企業経営において法的なトラブルを完全に避けることは難しいと思われます。そこで,いくつかの問題を例にその予防・解決方法を検討してみます。
1.債権の回収方法
取引先が工事代金や売掛代金を支払ってくれない場合には、どうやって回収すれば良いのでしょうか。
方法としては、
- 内容証明郵便を相手方に送って請求する
(内容証明郵便についてはこちらのページをご参照ください。) - 簡易裁判所に行って支払督促(しはらいとくそく)の申立てをする
- 民事訴訟を起こす
などがあります。
()の方法は、その前に、相手方と直接話をして、説得を試みたけれど支払ってもらえない場合だったり、不払いの常習だったりしたからではないかと思います。
()の支払督促は、その通知が相手方に届いた後の一定期間内に相手方から異議の申立があれば、()の民事訴訟手続きとなって直接訴訟を起こすのと変わらなくなります。もっとも、支払督促から始めた場合には、もし相手方が異議の申立てをしない場合、それだけで決着がついてしまい、費用も安く済みます。異議が出ない場合には、一定期間内に再び簡易裁判所におもむいて「仮執行宣言」を付けてもらい、強制執行ができるようにしておくことが必要です。その期間内に仮執行宣言を付けてもらわないと、逆に、支払督促が失効してしまいます。
2.相手方の支払能力のチェック
仮執行宣言付き支払督促をもらった、あるいは勝訴判決が確定したとしても、それだけで安心できません。相手から現実の支払いを受けなければ意味がないからです。
もし、相手が裁判所の判決などに従わない場合には、強制執行(きょうせいしっこう)という方法をとらなければなりません。
そうすると、訴訟提起など法的手続きをとる前に、強制執行をして債権を回収できるだけの財産が相手にあるかどうか調査しておく必要があります。相手方の財産としては、例えば、土地・建物といった不動産、売掛金、預貯金、給与、自動車、有価証券類などが考えられます。
仮に、相手方にこのような財産がない場合、とりわけ自己破産寸前の経済状態ということになると、債権回収はほぼ不可能です。また、相手方に財産があったとしても、その保有財産(例えば、○○銀行の○○支店に口座があるなど)の探索ができないと、強制執行がかけられず、やはり債権回収ができないことになってしまいます。
事前に相手方の財産関係の調査を十分に行うことも大切です。
3.消滅時効に気をつける
所有権であれば、時効で消滅することはありません(もっとも、第三者が時効取得すれば、その反面として、所有権を失うこととなりますが、時効取得の例はそう多くありません。)。
しかし、債権は財産であっても永久不滅ではなく、消滅時効という制度で一定期間放置しておくと消えてしまいます。民法、商法、会社法、その他の法律はいろいろな消滅時効の制度を定めています。
法律で定められている時効の期間は、債権の性質によって様々で、例えば、通常の民事債権であれば10年ですが、会社の取引によって生じた商事債権は5年で消滅しますし、私たち弁護士の報酬請求権は事件終了後から2年経てば消滅してしまいます。その他にも、法律でもっと短い時効期間が定められていますので注意が必要です。
仮に、現在、時効で消滅していなくても、時間が経てばそれだけ証拠も失われてゆくのが普通ですから、できるだけ早く債権回収作業に着手することが大切です。
4.取引先が危ない
「取引先が倒産しそうだ」と聞いた場合には、早急の対応が必要です。企業の債権回収はその財政基盤を支える大きな仕事ですので、取引先についての経済情報には常に敏感で、迅速に対応したいものです。
長年の取引関係や人情などから、取引を継続し、結局貸し倒れになるケースは倒産事件を見ると多くみかけられます。
確かに、長年の取引先を危ない時に切り捨てることは、人情の点からは難しいかもしれません。
しかし、損害が発生した後では遅く、場合によっては、取引先と一緒に倒産することにもなりかねません。これを連鎖倒産(れんさとうさん)と言って、実際によくあるのです。
そこで、迅速に、相手方にある自社の動産類の引き上げ、売掛金の債権譲渡をする、相手方に対して自社の債務との相殺通知をするなど、損失を最小限に抑える方策をとらなければならないのです。
経営判断を怠った長年の取引先をとるのか?、自社のために汗を流してくれる従業員をとるのか?、経営者にはシビアな選択が迫られます。
5.債権を回収される側になったら
まず、どの程度経営が苦しいのかを徹底的に分析する必要があります。
(1) 経営悪化が、一時的な資金不足にすぎない場合
そのような判断には慎重でなければなりませんが、できるだけはやく相手方におもむき、資金調達が可能になるまでの期間、支払猶予のお願いをすべきでしょう。相手に文書を送付するだけでなく、文書を送った後、直接相手方と面会し、口頭で謙虚かつていねいに説明しなければなりません。その際には、経営悪化が一時的なものであると理解してもらえる帳簿類などを持参する必要があります。
もともとは期限が到来し、履行遅滞と遅延利息が発生するケースなのですから、自分の都合だけを優先して「支払延期を断るのは非人間的だ」などという態度をとらないことが大切です。もし、相手が怒って「ノー」といい、例えば、手形を銀行に呈示されてしまえば、手形の不渡りを出し、金融機関に対する信用はいっぺんに失墜してしまいます。また、訴訟を提起されたり遅延利息までの請求ということにもなりかねません。
(2) 既に事業不振の状況に陥っている場合(例:売上の大幅な減少、大きな債務超過など)
会社更生、民事再生、自己破産などの途を検討しなければならないことになるでしょう。それぞれの手続によって、対応が異なりますので、今後どのように行動すべきか弁護士への相談が必要となります。
6.訴訟を起こされてしまったら
裁判所から、訴状や証拠書類の写しとともに、第1回口頭弁論期日の呼出状、答弁書を出すようにとの催告文書、答弁書の記載例などの書類が送られてきているはずです。
仮に、軽く考えて放置してしまったり、「アタマにきた、こんなもの!」と捨ててしまうと大変なことになります。答弁書を出さず、しかも口頭弁論期日に欠席すると、原告の主張をすべて認めたものとみなされ、この裁判に負けてしまいます。その後には、裁判所からは、あなたの企業財産に対する強制執行の通知が来ることになります。その時点であわてても時すでに遅しです。強制執行を受け入れ、相手方に請求されたとおりのお金(遅延利息や強制執行費用分が上乗せされた分)を支払うかそれに見合う財産を競売されてしまうことになります。
このような場合、すぐに、裁判所から送られた全ての書類を持って、弁護士のところに相談に行く必要があります。とにかくあきらめず、十分な訴訟対策をやっていくことで、解決方法が見えてきます。敗訴確実な事件でも、一方が100%悪いということはあまりないと思われます。例えば、訴訟のある段階をみはからって、裁判所で和解をしてもらい、訴状で書かれている請求よりも少ない金額を払ったり分割払いにするということで負担を軽くすることも可能なのです。